ジュディ・コックス氏,15年捜索の末に死去

2026/02/18 16:50

ジュディ・コックス氏15年間の捜索の末に無残な結末を迎える

2009年に娘のサマンサ・ポールが行方不明になった事件を15年以上捜索し続けたジュディ・コックス氏が,3月15日に死去しました.娘の行方を求める活動を最後まで貫いたコックス氏は,病院での最後の日々を過ごしました.娘のデニス・エアネスト氏は「母は生きていた間,娘を見つけることはないと信じていました.娘が行方不明になった後は常に気落ちしていたようです.私たち家族にとって暗い日々でした.いつまで経っても答えがなくて,母には大きな負担でした」と語りました.サマンサ・ポールは2009年12月6日にユタ州ウェスト・バレー・シティの自宅で最後に姿を現した後,翌日に職場に登校せず,息子たちも保育園に登園しなかったため家族が心配をしたとされます.警察は冬の嵐後に家が荒らされていないことに気づいた家族の通報を受けて捜査を開始しました.その後,夫のジョシュ・ポール氏が自ら息子たちを連れてユタ州ウェスト・デサートで一夜を過ごしたと主張し,妻の行方が分からないと説明しました.当局はジョシュ氏を主たすきにしたが,正式な告訴はされませんでした.サマンの行方不明後,ジョシュ氏は息子たちと共にワシントン州グレーラムに移住しました.2012年2月5日,裁判所が許可した訪問中にジョシュ氏が自宅を放火して息子たちと自身を殺害しました.エアネスト氏は最近,母の健康状態が悪化し,回復はできなかったと述べました.「母は1月から病院におり,今週私が見舞ったときには横たわっていました.母の最後の願いは眠って起きないことです.それが実現しました」と語りました.コックス氏は娘の遺体がいつか発見される可能性を信じ,保険金の一部を信託して娘が生きていた場合の備えを残しました.娘の行方が分からない事件は太平洋西北地方を長年苦しめ続けています.エアネスト氏は「母は娘と息子たちを見たいと何度も言っていました.その最後の言葉は『娘と息子たちを見て,私の孫たちも見守ってね』でした」と語りました.

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