バガボンズの「カム・トゥ・ミー・ソフトリー」ボーカル…
1960年代から70年代にかけてバガボンズのリード・シンガーとして活躍し、グループを代表するヒット曲「カム・トゥ・ミー・ソフトリー」を歌ったジミー・ジェームスが5月15日に死去した。享年83歳。
このソウルフルなシンガーはロンドンのノースウィック・パーク病院で亡くなったと家族がジャマイカ・オブザーバー紙に語った。ビルボードによると、ジェームズはパーキンソン病と心臓病を患っており、そのため芸能活動を引退していたという。
ジェームズは1964年に自身のグループと共にロンドンに到着し、カリプソとスカにR&Bとビッグバンドのスタンダードをミックスしたバンドのコンビネーションは、バガボンズをイギリスの聴衆に親しませたとガーディアン紙は報じている。
彼らの人気は、レコーディング契約、ロンドンのマーキー・クラブでのレジデント、ローリング・ストーンズやザ・フーのサポート・グループとしての出演につながった、と同紙は報じている。
バガボンズの「カム・トゥ・ミー・ソフトリー」ボーカル
ジャマイカのブラウンズタウンで生まれたジェームスは、1950年代に音楽を追求するためにキングストンに移り住んだとオブザーバー紙は報じている。彼はクレメント・ドッドやリンドン・ポッティンジャーといったプロデューサーのもとで曲をレコーディングし、後者はジェームスが書いた「Come to Me Softly」の初期のオリジナル・ヴァージョンをプロデュースした。
ガーディアン紙によれば、彼は自作の 「Bewildered and Blue」(1961年)を持ってポッティンガーのもとを訪れ、レコーディングしてくれる人を探していた。その代わり、歌ってくれと頼まれた。
「気がつくと、ラジオで流れていたんだ」とジェームズは後に語っている。
グループ加入後、ジェイムズはバンド名をジミー・ジェイムズ・アンド・ザ・バガボンズに変更。
バガボンズの「カム・トゥ・ミー・ソフトリー」ボーカル
このグループは、ビルボード・ホット100にチャートインした2曲をリリースした。